TTLコンピュータのプリント基板作成(第1回)

はじめに

本ページは50個を超す標準ロジックICからなるオリジナルコンピュータの回路を、自作片面基板上に作成する方法の紹介です。もちろん基板のエッチングや穴あけも自分で行います。
2015年現在、プリント基板は個人の趣味の製作であっても専門の基板製造業者に容易に委託できます。これをあえて個人で製作する理由は2つあります。

その理由の1つは「1970年代の製造方法を再現したい」という筆者のであり、もう一つは自動配置配線に依存しすぎて、「その層数と面積では実装は不可能です」と言うのが口癖になっている技術者達に、「自動配置配線なんかに頼らずに、自分の頭で考えれば、片面基板でもここまで押し込めるんだ」という警鐘を鳴らすためです。

勿論、これから紹介する方法が「正統な製作方法だ」と言うつもりは全くありません。むしろ、個人でも依頼可能な格安PCB作成業者が数多くありますので、そこに依頼するのが現代においては「普通の方法」だと思います。

全回路図と基板スペック

対象となるRETROF-16Mの全回路図(当初案)はこちらです。(別ウィンドウで開きます)これを200mm×150mmの片面ガラスエポキシ基板(サンハヤト社の感光基板、型番はNZ-G34K)に押し込みます。200mm×150mmのサイズを選択したのは、手持ちの露光機器の都合上、これ以上大きな基板を露光できないためです。

基板作成後の追記

全回路図は基板の作成中にもいろいろと不具合が見つかり、50回以上手直しをしました。その結果、最終的にプリント基板が完成した時点では当初の回路図とかなり異なるものとなりました。RETROF-16Mの全回路図(最終校正版)はこちらです。(別ウィンドウで開きます)

(補足1) 1970年代の製造方法の再現について

1970年代の製造方法を再現するならば、銅箔パターン自体も手作業(レタリングシートとレタリングテープ、及び専用のインキと筆)で描くべきです。
しかし、流石にそれは大変なので、パターンデザイン自体は回路図と連動する基板CADであるKi-Cad(フリーソフト)を利用させて頂きました。但しKi-Cadの持つ自動配置配線機能は、利用せずラウティング(routing)は全て手作業です。

(補足2) Ki-Cadでの片面基板作成について

Ki-Cadは世界中の技術者によって日々進化をしている回路図/基板CADですが、2015年7月現在、片面基板専用のモードは有しておりません。このため本機の作成では、両面基板モードとして作成し、部品面の配線はジャンパー線で接続するという手法をとっています。

フロアプランの事前検証

物理的な限界の確認

どんなにレイアウトを工夫しても、限られた面積に実装できる部品の数は有限です。まずはこれを確認します。確認方法は俗に言う「エクセル方眼紙」です。(実際にはマイクロソフトのエクセルではなく、Apache OpenOfficeを使用していますが、以下便宜上「エクセル」と呼ばせて頂きます)


Ki-Cadの仮配置

エクセルで、何とか押し込める事を確認できたので、Ki-Cadを用いて、先ほどのエクセルのプリントアウトを見ながら、大体同じ位置になるように手で一つ一つ配置します。
Ki-Cadを用いると回路図で使用した全ての部品が自動的に画面に現れます。エクセルでは見落としていたコネクタなどが突然現れて、多少焦る事もありましたが、何とか全部品を配置する事ができました。


配置の最適化

これで配置が終わりではありません。ここからが配置の本当の始まりです。
まず、上記配置のICは横置き/縦置きの各々が全て同じ方向を向いています。本来は不要な混乱を避けるために、向きを揃えるのが一般的ですが、デジタル回路の場合は部品を半回転することにより、ラウィテング(Routing)が劇的に改善される場合が多々あります。
見栄えは悪くなりますが、どちらの向きが最適かを個々のICに対して検討します。

例えば、左図のような場合、図中のPIN8を180度回転させると、配線は格段に楽になります。 

この例は分かりやすいと思いますが、現実はラウティングをしてみないと、どちらの向きが配線が楽になるか分からない事例が殆どです。

「配線作業と配置作業は同時に行う」と言った方が、より現実の作業に近いかもしれません。


勿論それ以前に、上記の配置は「直感的に最適だと思う」と理由だけで作成しただけですので、本当に最適である保証はどこにもありません。隣り合って置くかれているICの位置を入れ替えるだけでも、ラウティングが劇的に改善されることもあります。実際の配線を始める前に徹底してこれを検討する作業から始めます。

具体的には、いくつかの配置候補をプリントアウトし、実際に赤鉛筆で主な配線を引いてみて、より美しく配線できる方を選ぶという作業を、気が遠くなるほど繰り返す事になります。

配線の開始

右隅からラウティングを開始したところです。赤く見える線がエッチングした後に銅箔が残る部分で、これが部品間を繋ぐ配線となります。「蜘蛛の巣」の様に見える白い線は、Ki-Cad(基板作成CAD)が回路図の情報を基に自動作成した「ココとココを接続せよ」という指示です。ラウティング作業とは、この白い線が交わらない様に赤い線に書換える作業です。

両面基板(あるいは多層基板)であれば、各配線が交わらない様に書換えるのは比較的簡単ですが、片面基板では全ての配線を交わらないように書換えるのは困難です。そのため、どうしても交わってしまう所は部品面にジャンパー線を飛ばす事により回避します。下記画像で緑色に見える線がジャンパー線に相当します。


右半分のラウティングを終了

右半分(回路図では1枚目に相当)のラウティングをほぼ終了したところです。
この時点では配置も微妙に変化しています。実際に配線して初めて「やはり、この部品の配置は少し右にずらした方がよい」と分かることが多々あるので、その修正が入るためです。

また場合によっては回路図そのものを書換えることもあります。例えば74LS00はNANDゲートが4つ格納されていますが、回路図上ではどのNANDゲートをどこに使っても同じです。しかし、実際にラウティングをしてみると、「やはり3番ピンが出力のNANDゲートと、6番ピンが出力のNANDゲートを入れ替えたほうが配線しやすい」などという事が多々発生します。

このような場合は躊躇なく回路図を書換えています。回路設計の「担当者」と、基板設計の「担当者」が同一人物(つまり私)だからこそ躊躇なくできるワザです。実務では、基板担当が配線を簡単にするだけの目的で、回路設計担当に修正依頼を行うことはまず有り得ないことだと思います。

ラウティングが9割ほど終わった時点での「設計見直し」

ラウティングが9割ほいど終わった時点で、どうしても綺麗に収めることができず部品数の削減をする事にしました。具体的には主に命令デコード回路に用いているANDゲートを全てダイオードに置き換える事としました。
ダイオードによるANDゲートは、74LS08等を用いるのに比べ、レイアウトの自由度が格段に高まりますが、使用するダイオードを慎重に選ばないとノイズで誤動作をしたり、周波数特性が悪くなる(=動作クロックを上げられない)のですが、止むを得ません。

下記は、設計見直し前のパターンです

最終レイアウト

以下が最終的に露光/エッチングの対象となったパターンです。上記のパターンと比べると、微妙に変わっている箇所が多々あります。左下のやや上に赤紫色っぽく見える部分がANDゲートの代りに置いたダイオード群になります。

(第2回に続く。第2回は「露光とエッチング」の詳細を紹介予定)