JK-FFの都市伝説

誰も知らない、JK-FFの「JK」の意味

74LS73のデータシートANDとかORという論理回路を学んだ方が、次に授業で出くわす(?)のがFF(フリップ・フロップ)です。
FFにはいくつかの種類があり、その一つがJK-FF(ジェーケーフリップフロップ)です。

ところがこのJK、誰も意味(語源)を知らないという摩訶不思議な2文字なのです。
にも関わらず「JKの意味は学校で習いました」という社会人(新入社員)が少なからずいるのです。

 

左図はテキサスインスツルメンツ(TI)社のHPより引用した代表的なJK-FF(7473という型番のTTL-IC)のピン配置と真理値表。本文とは直接関係のない、単なる「挿絵」ですので無視して構いません。


どうやら、JK-FFの都市伝説を布教しているのは、学校の先生方の様な気がしてなりません。ここでは私が耳にした「JK-FFの都市伝説」を幾つか紹介します。生徒や学生にJKの誤った語源を教えた心当たりのある先生がおられましたら、是非今後は善処を願いたいものです。

トランプの Jack Queen King 説

生徒受けする物語?

JK-FFを何故JKと言うのかに関し、最も信者の多い「都市伝説」かと思います。
JK-FFは代表的な入力が2つあり、JとKという名前で区別されます。またJK-FFに限らず論理素子の出力はQと言う名前で一般的です。

入力がJとKで出力がQならば、誰もがJack Queen Kingを連想しますし、その3人の関係を下記の様に最もらしく語ると、授業で「生徒受け」が保証される物語になります。

物語のあらすじ

トランプのQueen

気分がコロコロ変わる浮気者の女性がいる(FFの出力Qは値がコロコロ変わる)。
この女性(Q)にはKとJという二人の男がいる。 QはKに誘われたらKと遊ぶし、Jに誘われたらJと遊ぶ(JK-FFのセット、リセットと同じ)。

また、KとJの双方から誘われたら相手を換える(反転)。しかし双方から誘われないと、「捨てないで」としがみつく(保持)。 このフリップフロップも同じだから「JとKがQを奪い合うFF」、略してJK-FFと呼ばれる様になった。


当然これは都市伝説です

地域によって多少の差異はあるものの、JK-FFの論理(状態遷移)と、浮気者の女心が妙に一致するため、本気で信じている方も多いようです。しかしQはクリスタルの略であることは文献等から明白です(詳細は後述)。またJやKをJackやkingとフルスペルで書いた文献や回路図は現存しません。100%とは言い切れませんが、99.9999%「都市伝説」です。

ジャック・キルビー説

(ジャック・キルビー(Jack Kilby, 1923-2005)はICの発明者、イニシャルがJK)

集積回路の祖

これもトランプ説に負けず劣らず「信者」の多い都市伝説です

「フリップフロップのICこれもトランプ説に負けず劣らず「信者」の多い都市伝説です

「フリップフロップのIC化に尽力したジャック・キルビーの功績を称え、ある種のFFをJKと呼ぶ様になった」という説です。

「キルビー自身がJKと名づけた」という変形もあります。しかしICの発明が1958年と比較的新しい(少なくとも第二次世界大戦で資料が失われたりしない)のにも関わらず、彼が勤めていたテキサス・インスツルメンツ社はもちろん、どこにもその様な記録はありません。

また、1940年代〜1950年代の、真空管コンピュータやトランジスタコンピュータの時代にもJK-FF相当の回路は存在しており、ICの発明、およびその発明者であるジャック・キルビーの影響でJKと言う言葉が突然生まれたとは考えられません。これも99.9999%「都市伝説」と断言できます。

ちょっと鳥肌が立つジャック・キルビーの話

JKフリップにはJ入力、K入力の他にクロック入力が必須です。回路図ではこの3つの入力を縦に並べてJ-CL-Kの順に並べて書くのが一般的です。

もし、JKが本当にジャック・キルビーのイニシャルならば、真ん中のCLはいったい何なのでしょうか?
「もしや」と思い、調べてみると、…そうなんです。キルビー氏のフルネームは、ジャック・セイント・クレール・キルビー(Jack St. Clair Kilby)だったのです…

 

ジャックナイフ説

Jack-knife

前述の二つの伝説に比べて「布教度」はイマイチですが、「フリップフロップ ジャックナイフ」で検索すると幾つかの記事が見つかります。

ジャックナイフは折畳式で刃が出たり引っ込んだりします。これがフリップフロップと似ているというのは事実ですが、それを除くとジャックナイフのスペルがJKを含んでいるというだけです。日本で言う「JK=女子高校生」と同じです。

語呂合わせ記憶法

但し、このジャックナイフ説には日本の教育では馴染みの少ないアルファベット圏特有の記憶法も関連しているようです。

Father Charles Goes Down And Ends Battle.

上記の英文は各単語の頭文字をとるとFCGDABE、音楽における半音記号を付ける順番を暗記する際に唱える文章です。他にも英語圏では円周率を覚えるための

How I wish I could calculate pi! 

などもあります。(上記の説明を要する方は「英語 円周率記憶法」等で検索願います)

 JK-FFも単に"などもあります。(上記の説明を要する方は「英語 円周率記憶法」等で検索願います)

 JK-FFも単に"JK"と教えるよりも"Jack Knife"と言った方が生徒の記憶に残ると考えた(おそらく)米国の教師のアイデアではないかと思います。 

デカルトの時代から決まっていた説

ルネ・デカルト(1596-1650) フランスの哲学者(数学者としても有名)

JKの真相

色々調べた結果、以下が私がたどり付いた「真相」です。勿論これ自体が「都市伝説」となる可能性もあるのですが、どう考えてもこれ以外に論理的に納得できる説は見当たらないのも事実です。

アルファベットの表

上記は単なるアルファベットの表です。左上の1マスは「スペース」と考えても単なる「字下げ」と考えても良いのですがこのマスを補うことにより丁度3行9列になります。

アルファベット圏ではアルファベットを文字ではなく記号として使うことが多々あります。日本語でも(イ)(ロ)(ハ)の様にカナを順番を示す記号として使う事がありますが、アルファベット圏では単に順番だけではなく、前後関係や、上記の様に表にした場合の位置関係にも注目することも多い様です。

400年前にデカルトが考えていた

数学の授業で、変数としてXYZを使うのはデカルトの考案です。言うまでもなくを上記の表の末尾3文字です。
また、定数の一般記号はABC,媒介変数(補助的に用いる変数)は3段目のRSTを使います。3段目のRSTやUVWは電気の世界では三相交流の各線を表すのにも使います。

FORTRAN(プラグラミング言語の一つ)では整数型の変数は2段目の先頭からが使われます。この様にアルファベット圏では上記の表の何段目の文字なのかも強く意識されます。

さて、ANDゲートやORゲートは複数ある入力はどれも役割が同じですから区別する必要がありません。また、RS-FFはNANDゲート2つで書くことができます。
しかしJK-FFはNANDゲート等の組み合わせで記述するのは大変ですし、J入力とK入力は役割が異なりますので回路図上で区別するためには添え字が必要です。上記の表の中から区別するための文字を選ぶとしたら、1段目はABCと一般的すぎるし、3段目は電源ライン(三相交流)の識別用として使用済みです。

結果、表の2段目の文字(I〜Q)がFFの入出力を区別する文字と使われたのではないでしょうか?
回路図の作法に従い、右を入力、左を出力とし、更に数字と混同しやすいIとOを除外すると、入力用の文字はJ、K、L…となり、出力用の文字はQ、P、N…となるのです。 

つまり、J,Kは記号にすぎず、それ自体には何の意味も無いのです。

残念ながら決定的証拠はありません。信じる信じないは自己責任でお願いします。

Qに関する補足

JK-FFの話の「ついで」に、Qの話を少々。

Qはクリスタルの略?

電子計算機が登場するずっと前のラジオの黎明期においても、部品の略号は現代とほぼ同じものが使われていました。


 R(抵抗)… Resistorの頭文字   
 C(コンデンサ)… Capasitorの頭文字
 L(コイル)… Coilの頭文字はコンデンサと同じなので末尾のLにした(諸説あり)
 Q(鉱石検波器)… Crystalの頭文字はコンデンサと同じなので発音の似ているQとした

やがて鉱石検波器は真空管やトランジスタに置き換わっていくのですが、回路図上の素子の略称にQを使う慣習は受け継がれ、現在では論理回路の出力を意味する記号として使われています。
本来は、フリップフロップ全体がQなのですが、入力側の信号を他のアルファベットで区別する必要が出た頃から、Qはフリップフロップの出力を意味するようになりました。

前項で、「アルファベット表の2段目の最後がQだからQを出力の識別記号にした」というような解説をしましたが、正しくは「出力記号として使われていたQが偶然、2段目の最後であったので、2段目の先頭を入力の識別記号に用いた」と言う方がより正確かもしれません。

水晶発振子もクリスタル

基準発信器として使われる水晶発振子もクリスタルと呼びます。PLL(Phase Locked Loop)の普及により使用される絶対数は減りましたが、現代でも重要部品のひとつです。このクリスタルは鉱石検波器として使われたクリスタルとは別物ですので、記号もCでもQでもなくXが使われます。これはXが意味する「クロス」とクリスタルの「クリス」の発音が似ていることに由来します。
ちなみに水晶発振子をXtalと綴る理由も同じです。

終わりに

つまらないことでも、少し気合をいれて調べてみると意外な事実がわかり楽しいものです。ウェブの進歩のおかげで、世界中の歴史的資料を自室で読むことが可能になったことも喜ばしいことです。

今回この頁に書いたことは、筆者個人の推測も多々混じっています。すべてが真実だと言い張るつもりは毛頭ありません。実際はここに書かれたこと全てが「都市伝説」なのかもしれません。新たな見解や、明らかな誤解などがあれば、是非お知らせ頂ければ幸いです。

(2011年7月、2013年一部改変、2015年一部改変)