LED点灯の都市伝説
デジタル回路は入力の論理値が決まると出力のH/Lが決まります。アナログ回路におけるバイアス計算の様な面倒な計算も不要です。しかし、机上の設計ではなく実際にハンダゴテを手にして回路を構築しようとすると、理論や計算では解けない問題に直面します。
例えば、任意のTTLの出力にLED(発光ダイオード)を接続し、TTLの出力がHなのかLなのかを判別する回路を作る場合を考えますと、回路は左図の(A)または(B)のどちらかになります。
ところが、雑誌やWeb上で発表される回路の殆どは(A)の回路であり、(B)の回路を採用する設計者は極めて稀なのです。
それどころか、21世紀の現代においても、「(B)のアノード接続はTTLを破壊するので、かならず(A)の回路にしましょう」と堂々と言う方さえおります。
結論から先に言うと、「(B)のアノード接続はTTLを破壊する」は21世紀においては完全な都市伝説です。このコラムでは、理由もわからないままカソード接続を採用する若手技術者のために本件の真相を述べたいと思います。
カソード接続が正しいという都市伝説が生まれた時代背景
個人でTTLを入手できるようになった年代と、発光ダイオード(以後LEDと略記)が入手できるようになった年代は、偶然ですが同じ1970年代です。当然、多くの技術者はプロ/アマを問わず、TTLとLEDを組み合わせた作品(例えばデジタル時計)を競って作成しておりました。
ところが、この頃入手可能だったTTLは、出力ピンに流すことができる電流は数mAが限界でした。
一方、開発されたばかりの発光ダイオードは、まだ変換効率が悪く、数mA流しても「何となくボーと光っている」という程度の品も多数ある状況でした。
TTLの型番 | 回路種別 | 出力=Hで、GNDに流せる電流 | 出力=Lで、VCCから流せる電流 |
---|---|---|---|
SN7400 | 4回路NAND | 最大0.4mA | 最大16mA |
SN7402 | 4回路NOR | 最大0.4mA | 最大16mA |
SN7404 | 6回路NOT | 最大0.4mA | 最大16mA |
さて、上記は当時の代表的TTLの出力電流特性を表にしたものです。御覧になって判るように、GND方向にLEDを接続(アノード接続)しても規格上は0.4mAしか流せないため当時のLEDを十分に光らせるのは不可能でした。従って必然的にTTL出力とVCCの間にLEDを接続(カソード接続)し点灯するのが「標準的な回路」になったのです。
但しカソード接続は出力がHの時にLEDが消灯、Lの時に点灯するという人間の直感とは逆の点灯方式となってしまいます。このためアノード接続の限界が0.4mAであることを知った上であえて保護抵抗の値を安全値以下にすることにより、その数倍の電流を流しHの時に点灯する方式を採用する者もおりました。しかし、この「規格外大電流方式」にも限度があります。現代の最新CPUのオーバークロック実験と同様に度がすぎるとチップの破壊を招きます。そんな失敗が「アノード接続はTTLを破壊する」という都市伝説を生んだのだと思います。
ならば、現在はアノード接続でも問題は無いのか?
2015年現在、LEDの変換効率は1970年当時に比べ格段に向上しています。家庭の照明や、自動車のヘッドライトにも使える超高輝度LED等も開発されました。1mAも流せば十分に眩しいほど明るく輝くLEDが1個数円で入手可能な時代になったのです。
また、TTLも出力電流特性も大幅に改善したものが1980年代〜1990年代に数多く開発されました。
TTLの型番 | 回路種別 | 出力=Hで、GNDに流せる電流 | 出力=Lで、VCCから流せる電流 |
---|---|---|---|
SN7404 | 6回路NOT | 最大0.4mA | 最大16mA |
SN74LS04 | (同上) | 最大0.4mA | 最大8mA |
SN74ALS74 | (同上) | 最大0.4mA | 最大8mA |
SN74ACT74 | (同上) | 最大24mA | 最大24mA |
SN74LS541 | 8回路3S-BUFF | 最大3mA | 最大24mA |
SN74ALS541 | (同上) | 最大15mA | 最大24mA |
SN74ALS573 | 8回路3Sラッチ | 最大2.6mA | 最大24mA |
SN74ALS573 | (同上) | 最大2.6mA | 最大24mA |
表を見てお判りの様に、7404等の当初からあるTTLはLSやALSになっても電流特性はさほど変化ありません(ACTシリーズのようにCMOS回路の採用により、HでもLでも同じ出力電流を流せる様になったICもあります)。
対して、74541等の比較的後になってから開発されたTTLはアノード接続でもLEDを光らせるのに十分な電流を取り出せます。 1mAも流せば十分に明るく点灯するLEDならば、これらのTTL(表中の背景色が黄色のTTL)ならば、アノード接続でも何ら問題はありません。
ブレッドボードで確かめる
「理論上は大丈夫だ」、「規格上の値は十分に許容値内だ」と言っても、電源を入れたとたん部品が火を噴く(?)ことも多々あります。不安な場合はブレッドボードなどを用いて事前に実験し、安全性を確認したり、最適値を求ておくことも大切です。
左の写真はブレッドボードを用いてLEDのアノード接続での発光の具合を確認した際に撮影したものです。TTLは74ALS573を使い、LEDは秋葉原で100個300円で購入した品(型番不明)です。LEDの上部に写っている黒い部品は保護抵抗(8回路の集合抵抗)です。
保護抵抗は6.8KΩという40年前では考えられない様な高い値ですが、LEDは十分に輝いています。電流の実測値は0.6mA(LED1個あたり)でした。
保護抵抗の位置について
最後に、デジタル回路ではあまり意識する機会はありませんが、保護抵抗の話をしたついでに、実装時の抵抗の配置についても少々触れておきたいと思います。
LEDと直列に入れる保護抵抗の位置は、電流制限という意味ではLEDのどちら側に入れても同じです。集合抵抗を使う場合は必然的にアノード接続ならカソード側に保護抵抗挿入、カソード接続ならアノード側に保護抵抗接続となりますが、ここでは集合抵抗ではなく普通の抵抗を並べる場合を考えます。
左図はプリント基板の断面図です。両者は電気的には大きな差はありませんが、当然ながらLEDの位置が変わります。どちらの位置がLEDを視認しやすいかの考慮が必要です。
更に、抵抗を立てて配置する場合は、LEDの見やすさ以外にも考慮が必要になります。
抵抗の上から伸びるリード(左図のAの場合、青枠で囲んだ所)が、万一ケースや他の部品と接触しても、被害が少なくなるような配慮です。
上記はデジタル回路の出力側の抵抗の場合ですが、入力側のプルアップ抵抗やプルダウン抵抗、更にはアナログ回路等においては「どれが最もノイズに強いか」等の考慮も必要になる事もあります。
自作マニア各位が作られた実際の作品を見ると、このあたりの配慮がされているか否かで実戦経験の豊富さが判ります。
ちなみに、抵抗の向きが綺麗にそろっているかどうかも大事なチェックポイントです。上図では(D)だけ抵抗の向きを変えてみましたが、お気づきになられたでしょうか?
(2011年10月、2013年一部改変、2015年一部修正)