バイパスコンデンサの都市伝説

はじめに

近年の部品実装の高密度化や動作クロックの高速化に伴い、バイパスコンデンサの役割はますます重要になっています。

しかし、なぜか未だに「バイパスコンデンサはIC1個に付き、0.01〜0.1μFを1個入れる」と信じている方が大勢いる様です。

今回はこの「0.01〜0.1μFを1個入れる」について調べてみました。例によって「信じる信じない」は自己責任で御覧下さい。


画像は1980年頃のデジタル基板。この頃から肌色のコンデンサに変わって、青色のコンデンサを主流になった気がします。

バイパスコンデンサは何故0.01〜0.1μFなのか?

デジタル回路はIC1個に付き、パスコンを1個入れましょう

沢山のICを組み合わせて回路設計をする様になった1970年代以降、IC数個に付き1個、できればIC1個に付き1個のパスコン(バイパスコンデンサの略、以下同様)を入れると動作が安定する(必ず安定するとは限らない)事を経験として学んだ方は多い様です。しかし、そのパスコンの容量はどうやって決めたのでしょうか?

『デジタル回路 パスコン』などで検索すると、口を揃えた様に0.01〜0.1μFという値が出てきます。ところが、何故0.01〜0.1μFなのかを解説しているサイトはほぼ皆無です。
もしかすると0.01〜0.1μFという値はやはり都市伝説なのかもしれません。
同じような疑問をお持ちの方も多々おられるようなので、全くの自己流ですが、パスコンの最適容量の計算についてまとめてみました。

まずはバイパスコンデンサの話の前に、キャパシタンスとインダクタンスから周波数を求める式である1/(2π√(LC))について補足します。 この式は「ニーパイルートエルシープンノイチ」と暗記されている方も多いと思いますが、それぞれ の項の単位がHz、H、Fであり、実戦には不便です。 そこで、単位としてMHz、nH、μFを使用できるように式を変形します。

周波数=5/√(LC)

MHz、nH、μFにすると、上記のようにとてもシンプルな形になります。ちなみに円周率は どこに消えたかというと、1/(2π√0.001)の値が偶然ですがほぼ5となり、この5が円周率も桁の補正もまとめて吸収しているのです。

0.01μFと0.1μFの共振周波数

共振周波数と言っても、ここでは共振(発振)させるための周波数ではなく、単に交流に対する抵抗値が一番小さくなる周波数という意味で用います。 共振にはインダクタンス成分が必要ですがコンデンサももちろんインダクタンス(自己インダクタンス)を持っています。

コンデンサの容量は多くの場合、コンデンサ自身に印刷されていますが、インダクタンスはどこにも書いてありません。この値をいくつとするかで、これから先の話が大きく変わるのですが、ここでは仮に1nHだとします。(あくまでも仮です。真の値は後で再考します)

この時コンデンサの容量を0.01μFとすると、共振周波数は先ほどの式から50MHzとなります。0.1μFなら16MHzです。

基本クロックとの関係

ここで、50MHzとか16MHzという値がどういう意味を持つのかを考えます。
もし、このパスコンを入れる対象となる機器がGHzオーダーの動作周波数を持つ物ならば、50MHzとか16MHzという値は「直流」の様なものであり、全く意味がありません。
しかし、1970年代の電子機器(あるいは現代の安価な電子機器)の様に基本クロックがMHzのオーダーである機器ならば、クロック周波数より上の周波数成分の削減に0.01〜0.1μFという値はちょうど良いと言えます。

蓄電器としてのパスコン

パスコンは「パス」だけが目的ではない

良く混同されることですが、パスコンは電源ラインのノイズをGNDに落とす目的の他に、必要な電力を補充する目的も兼ねています。ここでいう補充とは、論理回路が一斉にHになったりLになったりする際に瞬間的に大量の電流が流れ、電圧が急激に降下することを防ぐことを意味します。
これは電源自体容量が十分であっても、配線容量が邪魔をする(注)ため簡単には回避できません。これを回避するために素子の近傍に蓄電器としてのコンデンサを置く必要があるのです。

(注)「邪魔する」とは、回路を形成する配線自体が巨大なコンデンサ、すなわち「配線容量」を形成し、電源の容量を幾ら大きくしても、その配線容量を「充電するため」に電力が消費されてしまい、電源ラインから離れた位置にあるICは、瞬間的に電力不足になることを意味します。

蓄電器としてのコンデンサーに蓄えるべき電荷

ひとつの素子に流れ込む電流は、その素子の種類や論理状態によって異なりますが、その素子の最大消費電流を超えることはありえません。
そこでここでは、74シリーズと呼ばれる標準ロジックIC(TTL)の中で、比較的電流食いである74LS541の最大電流である54mAを素子の消費電流として計算を進めます。

また、「電圧降下を補う」と言っても、その「補うべき時間」の定義がまた厄介です。
しかしこの時間は回路全体の基準クロック(=論理の最短変化時間)より短いことは自明です。
ここでは1980年頃のCPU(8080やZ80)の標準的なクロックである2MHzを例にとり、2MHzの逆数、すなわち500nsとして考えます。 つまり、非常に大雑把な計算ですが、最悪のケースでも54mAの電流を500ns供給できるキャパシタ(パスコン)が素子のそばにいれば「瞬間的な電力不足に耐えられる」ということになります。

必要電荷からパスコンの容量を求める

電荷Qは電流と時間の積ですから、必要な電荷は500nsX54mA=約27nC(クーロン)となります。 電源電圧を5Vとすると、27nCの電荷を蓄えることができるコンデンサの大きさはV=Q/Cより、5.4nFとなり ます。解りやすく言えば0.0054μFです。

しかし、コンデンサは放電を開始すると電圧が下がります。電圧降下の限界を5%とすると実際にはここで求めた値の数10倍の値が必要です(市販製品用の回路では、更に余裕を見て50倍〜100倍の値を採用している様です)。
この倍率を20とした場合、0.0054μF×20=0.1uFが最低値となります。
もちろん、これは54mAもの電流を必要とする素子を対象として計算を始めたので、実際にはその1/10程度でも十分な場合も多々あります。するとここでも0.01〜0.1μFという値が最適という計算結果が出てきます。

奇妙な一致

やはり0.01〜0.1μF

以上の様に、バイパスコンデンサーはフィルタとしても蓄電器としても0.01〜0.1μFが適切という奇妙な計算結果が出てきます。0.01と0.1では10倍もの差がありますが、100μFと100pFでは100万倍もの差があるのですから、0.01と0.1の差は誤差とも言えます。しかし、この値はせいぜい10MHz程度の機器までが限界であり、数10MHz以上になると、様々な容量のコンデンサを並列に接続するなどの対策が必要になります。しかし個人の趣味としてのデジタル電子工作に限って言えば、まだまだ数MHz程度のクロックは現役であり、パスコンは0.01〜0.1μFという伝説は今後もしばらくは続きそうな気配です。

まとめ

自己インダクタンスに関して

今回はパスコンの自己インダクタンス1nHと仮定しましたが、リード付のセラミックコンデンサだとその数倍はあります。
またリードの無い表面実装タイプで、最新の携帯電話などに用いられているものはその数分の1以下の物もあります。同じ容量のパスコンでもリード付と表面実装用では前述の計算結果は大きく変わります。

また、フィルタリングにしても、どの周波数帯域をターゲットにするのかにより、パスコンの最適値は大きく変わります。今回求めた0.01〜0.1μFが適切という話は、あくまでも参考です。また、冒頭でも申しましたが、パスコンを入れると、「必ず良いことが起きる」とか「必ず悪いことが防げる」というものでもありません。

パスコン不要論に関して

個人の趣味としての電子工作だから、パスコンなんか入れないという考え方も、ある意味正解だと思います。数Hz程度の速度でLEDが点滅するだけの回路ならパスコンは無くても全く問題なく動きます。しかし、一方では、どんなに「単純な回路であっても、パスコンの配置は省略してはいけない」という方もおります。

この辺りの話は理論と言うよりも「好み」の問題です。この様な好みの問題は、たとえ異なる好みを持つ方であっても、互いに認め合う包容力が肝要かと思います。

(2012年初出、2015年5月大幅加筆訂正)